特別支援教員パパの子育てブログ

特別支援の教員をしています。2歳男児のパパです。

【ニュース記事】さん付け指導の問題

 

 

目次

 

 

先日のニュースで賑わっていた教育の話題は、「あだ名や呼び捨て禁止、さん付け指導」だった。

 

www.yomiuri.co.jp

こういった教育的な問題については賛否両論でるのは予想がつくので、両方の考えを鑑みながら、超個人的な考えを書きたいと思う。

 

ご興味があれば、読んでいただきたい。

 

所属とは一切関係がありませんと断っておけば良いだろうか。

 

とは言っても、現場の一人の教員という色眼鏡は意識していなくても外せないので、

教員という中の立場から記事について述べることになると思う。

 

まずは、別々に。

 

記事の見出しは「あだ名や呼び捨て禁止、さん付け指導」だが、まずは分けて考える必要があると思う。

 

「あだ名や呼び捨て禁止」問題と「さん付け指導」問題だ。

 

この問題の背景にあるのは、記事にもあるように、LGBTQのことと、いじめのことだと思う。

 

 

LGBTQに関して

 

世の中の流れとして、多様な性への理解が求められるようになってきている。

 

そのことは学校現場でも同じだ。

 

その対応の一つとして、「さん付け指導」が行われてるようになってきている。

 

「くん」「ちゃん」と呼ばないでという子への一律的な対応だ。

 

小学生の段階では、高学年ではいるかも知れないが、

 

多くの児童は自分の性についてしっかりとした自覚があったり、他者に言えたりする子は少ないと思う。

 

それゆえの教員から児童への一律的な対応なのだと自分は理解している。

 

子ども同士も必要に応じてさん付け指導をする場合もあるかもしれない。

 

 

あだ名や呼び捨て禁止に関して

 

いじめ無くすための「さん付け指導」ならば、あまり効果はないように思う。

 

呼び方に「さん」をつけたところで、言い方など状況によってはいじめにつながる可能性はあるからだ。

 

現在のいじめの定義に基づけば、

 

「当該児童生徒が、一定の人間関係のある者から、心理的、物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの。」

 

文部科学省)ということになる。

 

つまりは、当該する人が「それはいじめだ」と言えばいじめになるのが現状だ。この点を踏まえて考える必要がある。

 

 

どう考える?

 

このニュースに対して、識者の考えやコメント欄を見てみる。

 

 

news.yahoo.co.jp

 

例えば、教育評論家で知られる尾木ママは、上の記事の通りに受け取るなら、

 

あだ名がいじめにつながるのは良くないということと、

 

そのためのさん付け指導について否定的に述べていた。

 

そして、トラブルを防ぐためのさん付け指導ではなく、

 

読んでほしい呼称を子どもが伝えあっていくことが必要だと言っていた。

 

記事の中では、多様性については言っているが、LGBTQに関しては触れられていない。

 

自分の呼び名について考えさせる指導については私も同感である。

 

 

教育関係とは別の視点からはどうだろう。

 

国際政治学者の三浦さんの考えについて以下の記事が出ていた。

 

ワイドナショーは見ていないので、こちらも記事からの理解である。

 

news.yahoo.co.jp

 

三浦さんは、国際的な視点でさん付け指導について疑問を呈していた。

 

たしかに、外国の方からしたら、「○○さん」というのは、違和感があるのかもしれない。また、名字よりも下の名前で読んだほうが国際的なのかもしれない。

 

国際的な視点からはなるほどとも思うし、日本の呼称の特殊性がわかる。

 

でも、例えば、名前が太郎ならば、「太郎さん」ではなく、

 

「タロっち(あだ名の例)」「太郎」あだ名か呼び捨ての方がよいということだろうか。

 

名字でも下の名前でも「さん付け」に関して言えばあまり変わらない。

 

他にも様々な意見を見ていくと、さん付け指導に関しては否定的な意見が多いように思う。

 

多くの方が述べるように、「さんをつけろ」と上から指導ではなく、

 

その人が呼ばれたいように意思表示をしたり、相手の気持ちを理解した呼び名で呼ぶようにしたり、

子どもたちに無意識的ではなく意識的に考えさせる指導が必要だろう。

 

 

学校現場では

 

では、実際に自分の呼ばれたい呼び名を意思表示したり、相手の気持ちを考えて呼び名を考えたりすれば、

 

いいじゃないかと、そういう指導をしていけばいいじゃないかと考える。

 

しかし、学校現場からの思いを汲み取れば、

 

呼び名について、自分で考え判断できる児童は小学校段階では少ないのが現状ではないだろうか。

 

知的に高い集団や高学年ならば、可能かもしれないが、それ以外では難しい。

 

難しくなかったら、記事の学校のようにさん付け指導を徹底するような学校は現れないだろう。

 

中学生、高校生くらいなら自分のことや相手のことを考えることができるが、

 

小学生段階では、0か100かだろう。

 

つまり、さん付け指導なしかありかだ。

 

この人にはこのクラスではさん付け、この人にはこのクラスではあだ名といった使い分けは中途半端な指導になってしまう。

 

より現場の混乱やいじめ問題につながるおそれがあるだろう。

 

校則にするかということはまた別の問題として、

 

現状は、さん付け指導をしつつ、

 

呼び名について考えさせるような、子どもが主体的に使い分けできるような指導をしていくことが現実的な現場の対応のように思う。

 

さん付け指導をどの程度やっているのかは自治体や学校によって異なると思うが、

 

いじめやLGBTQの観点から、呼び名について指導している学校はすでに多くあるのではないかと思っている。

 

今回、ニュースでさん付け指導について広まったことで、大人としても子どもとしても考えるきっかけになったことが良かったのかなと思う。

 

 

 

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