子どもの頃の『写真アルバム』
自分の小さい頃の写真を見返すことあるだろうか。
今はスマホで写真を撮ることが多いし、
年や場所を指定すればその時のものが整理されて出てくる。
わが子もスマホで自分の赤ちゃんの頃やお出かけした時のものを見返していることがある。
余談だが、スマホの写真でなくてもいいのだけれど、
自分の様子を客観的に見て、親子で振り返ることは、子どもの自己理解を深めていくうえで結構いいようである。
自分が小さい頃は今で言うガラケーが出始めた時期であったが、
赤ちゃんの頃の写真はもっぱらフィルムで撮っている。
撮ったものを写真屋さんで現像し、図鑑のようなアルバムにコメントを加えながらペタペタする。
これが、子どもの頃の『写真アルバム』
同世代なら、伝わるかもしれないが、しっかりしたものはとにかく分厚い。
言ってしまえば、「自分の成長図鑑」だ。
それが、『1歳編』、『2歳編』といったような感じでいくつもある。
スマホが主流の今でもチェキのようなものを使って、
思い出を小さなアルバムに貼りつけてプレゼントしたことがある人もいるかもしれない。その大きいものだと思ってもらえばいい。
うちの親はありがたいことにまめであったので、
イベントごとにアルバムに残して実家に保管してくれていた。
リアルタイムでじっくり見たり、学生時代は実家に帰省しても「よし、見るか!」とはならなかったりした。
引っ張り出してみるのは、学校の課題で小さい頃の写真を使うときくらいだった。
しかし、わが子が生まれてからはこのアルバムは、
「最高にエモくて命のありがたさを感じる育児バイブル」
になる。
それは、自分にとってもであるし、自分の親にとってもである。
母親は僕が子どもの写真を送った時や帰省した時に同じ頃の僕の写真を見せてくる。
母親自身も自分の育児の懐かしさに浸り、その頃の僕と孫とを重ね追体験しているようである。
時々、僕と孫との成長を比べるのでめんどくさいときもあるのだが。
僕は見せられた写真で、当時の思い出を思い出し、若干褪せた色合いのフィルム写真から時代を感じることができる。
約四半世紀経ると結構変わる。
特に僕らはインターネットの発達とともに大人になってきた世代なので、
変化をすごく感じる。
以前、自分の母親が
「大きくなったらアルバムを見せてやれ、絶対ぐれないから」
などと言っていた。
これは一理あって、
何と言うか、親の愛を感じ、親を裏切りたくない、
自分を大切にしなきゃ、周りに感謝しなきゃと考えさせてくれる。
学術的には、犯罪心理学や教育学(心理?社会?哲学?)系で、
「ソーシャルボンド」といった概念で社会的なつながりが大切であると言われている。
すごく簡単に言えば、他者とのつながりで犯罪(非行など)が抑止されるということである。
子どもの頃の写真アルバムはその一つのメディアだ。
今、お盆休みという人も少なくないであろう。
実家に帰省した際に、自分のアルバムを開いてみてはどうだろうか?
そんなもの無いという人も、自分の勉強机の中や整理された段ボールの中を覗いてみてはどうだろうか?

↓参加しています。ポチッとお願いします。
↓最近買ったおすすめの本
「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか? 認知科学が教えるコミュニケーションの本質と解決策 ![]()
↓他の記事も読んでいただけら嬉しいです。