【映画】ゆめパのじかん

先日、ドキュメンタリー映画『ゆめパのじかん』を観た。

 

今回は、映画を観た感想を記したいと思う。

 

 

目次

 

  「ゆめパ」とは

 

「ゆめパ」とは、「川崎市子ども夢パーク」の略称で、

 

2003年川崎市が市の「子どもの権利に関する条例」をもとにつくった施設だ。

 

www.yumepark.net

 

 

 

夢パークは、子どもが安心してありのままでいることができる場所、

 

自分のやりたいことができる場所として、子どもたちに無料で開放している。

 

そんな場所になっている。

 

誰が運営しているかというと、

 

川崎市の指定事業団体の「公益財団法人 川崎市生涯学習財団」と

 

NPO法人 フリースペースたまりば(えん)」が運営している。

 

2003年から始まり、今現在まで地道に活動を拡大してきているということで、

 

素直にすごいなと思った。

 

教育関係に携わってきた私ではあるが、

 

映画を通して「こんな場があるのか。」

 

と恥ずかしながら今になって知った感じである。

 

 

 

夢パークが作られた、2000年代は、不登校やひきこもりが社会問題としても大きく取り上げられた時だったように感じる。

 

さらにその後の2010年代前後は待機児童や自殺、子どもの貧困などもよく耳にしたように思う。

 

学校現場においても、知識偏重ではなく経験を大切にしていくという考えが広まりを見せていた時期であった。

 

ゆとり教育ということもよく言われた時期だった。

 

 

そんな中、学校外での他者との関わりの場、いわゆるサードプレイス的な場所が取り上げられ始めていたように思う。

 

その頃、よく聞いたのは、「カタリバ」「子ども食堂」「〇〇カフェ」「哲学対話」などなど。

 

 

夢パークを運営するNPO法人たまりばは、

 

法人化する以前の90年代から居場所づくりの活動をされていたということで、

 

先駆的な団体なのだと思う。

(居場所づくりに関する活動について詳しく調べていないので、時代背景とともに前後はあるかもしれない。)

 

 

 

前置きはここまでにして、本題に。

 

youtu.be

 

 

 

映画を観て、ゆめパークの可能性を感じた部分を自分なりに3つ取り上げたい。

 

 

ほんとうの個別最適化

 

「勉強は嫌いじゃない。ノートに写すだけの勉強が嫌い。」

 

「学校に行けない理由がわかってる人なんているのかな。」

 

「『この時間にここまでします』みたいなのはつまらない。」

 

 

映画の中に出ている子どもたちはこのようなことを言っていた。

 

子どもたちの発言に、学校に行けている子どもたちよりも自分のことを見つめ、悩み、考えている印象を受けた。

学校のギガスクール化の進行とともに、

 

個別最適な学習が現場でも取り上げられるようになってきている。

 

しかし、学校という枠組みの中では、資質・能力ベースとは言われつつも、

 

教科書の内容を中心に指導が進められているのが現状のように思う。

 

例えば、学習計画を立て、この部分では子どもたちに任せてみようなど、学びの主導権を委ねる場面を作るということが多い。

 

もちろん、子どもたちに学びの主導権の多くを委ねる実践をしている学校や先生もいる。

 

一方で、夢パークは学校ではないので、

 

ルールは最低限しかないだろうし、

 

学習のカリキュラムがしっかりある場ではない。

 

そういった違いはあるにしても、

 

夢パークに来ている子どもたちは、自分の体験や興味関心から、学びを自分のペースで進めているように感じた。

 

木工が好きな子は、

 

自分で作品を作りながら、どうしたらうまくいのか、試行錯誤しながら進めたり、

 

大工の人の話を聞いて、自分で悩みながら方向性を決めていったりしていた。

 

そういう意味で、ほんとうの個別最適化を子どもたちが進めているように感じた。

 

 

 

 

学校外だからできること

 

学校という場では、自由度が与えられつつも、

 

様々なルールがあったり、教員も子どももやることが増えていたりと、

 

やりたいことが何でもできるという場ではない。

 

学校教育という制度だからといってしまえばそうなのだが。

 

もちろん、学校教育のよさもある。

 

でも、夢パークでは、子どもまつりをとっても、リアルなお金で商売ができたり、食べ物だって売ったりしていた。

 

学校(小学校)では探せば同様のようにやっているところもあるかもしれないが、

 

いろいろな制限があってできないことのほうが多い。様々な責任問題が出てくることの方が多い。

 

先生や親、友だちの目を気にすることなくできるから、チャレンジできることも多い。

 

学校とは違った場のよさがここにはある。

 

 

 

乳幼児からおじいちゃんおばあちゃんまで

 

夢パークの中には、いくつかの施設がある。

 

幼児が利用できる場から、音楽など自分のしたいことができる場など、利用する世代も様々なだ。

 

映画の中でもボランティアとして、木工を教えているおじいさんがいた。

 

上述の木工が好きな子は、このおじいさんから色々なアドバイスをもらいながら作品を作っていた。

 

子どもたちは実際に手を使って何かをつくったり、動植物を観察したりなどの体験から、学びへと発展させようとしていた。

 

体験からの学びは楽しいし、自分にとっても必要感のある学びになる。

 

また、「正統的周辺参加理論」で言われていたと思うが(10年前くらいに流行った?)、

 

大工などの師弟制度のように、先輩や師匠などに少しずつ学びながら、

 

一人前になっていく学びの考え方がある。

 

夢パークでの学びはまさにそれで、おじいさんから直に学び、そこでの学びを発展している様子があった。

 

こういった学びの機会だけでなく、

 

小さい子から高齢者までが関われる場というのは核家族化の進行とともに少なくなってきているように思う。

 

ましてや、コロナ禍という今では人との直接的なつながりが薄くなってきている。

 

夢パークのような場は、子どもも年配者から学び、年配者も教えるという生きがいを感じることができるのではないかと思う。

 

こういう縦のつながりがある場というのは、これからの社会には今まで以上に必要な気がする。

 

 

 

 

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